富良野塾の建物は、小さな薪小屋から大きなスタジオ棟まで、すべて塾生達自身の手によって建築されました。
その丸太小屋建築と石積みの技術は今では、外注の仕事もこなす程の腕前です。
その丸太小屋建築と石積みの技術は今では、外注の仕事もこなす程の腕前です。


早朝の朝ミーティングによって始まる富良野塾の1日は、夏場は農作業や建築、木の人形作り、夜にダンスと倉本塾長の講義が行われ、そして冬場に集中的に芝居の勉強と舞台作りが行われていました。






1984年春に脚本家・倉本聰が開設したシナリオライターと俳優の養成機関「富良野塾」。毎年約20名の若者が全国からオーディションを経て入塾し、北海道富良野市街から20キロ離れた谷あいに、2年間の共同生活をしながら学んでいました。
塾長でもある倉本聰がボランティアで講義を行い、入塾料・受講料は一切無料。塾生の生活費は夏期近隣の農家に出て働き、その個々の収入を共同管理、生活の全てに関わることを塾生が自主的に管理し生活していました。住居や稽古場も全て、初期の塾生が自力で建てたものです。
2010年春、富良野塾は閉塾いたしましたが、今後は富良野塾OBを中心に、そして外部からも志の高いメンバーを募り「富良野GROUP」という創作のプロ集団として、富良野での年2回のロングラン公演や全国ツアーをはじめとした活動を行う予定です。
その他、様々な機会を通じて、富良野GROUPならではの公演や創作活動を展開していく所存です。